○服部君の忌まわしい事件は、私の心の中にずっと残っています。何の罪もなく銃に撃たれて亡くなった命は“偉大なる自由の国”のいかなる法律や裁判で答えを出しても報われません。それは、事の本質が今人類が直面している課題と同じだからです。“武器による安全” “核の傘による平和”課題に対する答えが、真実とは程遠い現実におかれているところに問題があります。あなた方の「銃をなくそう!」という叫びと、私の「すべての武器を楽器に」というメッセージとは同じ真実の心を求めています。是非、いつまでも『海をこえて銃をこえて』を歌ってください。きっと声なき声を聞く神の耳を持った人達がいますので、一緒に勇気をもって歩きつづけましょう。
すべての人の心に花を   

喜納 昌吉 (沖縄県)


○Our best wishes to you!!
Many Greetings, and Congratulations on Akemi Mano's 30th Memorial Concert.
Since the terrible event almost 10 years ago when Yoshi was shot,
our hearts have gone out to the Hattori family.
We are comforted by the presence of Akemi Mano and other close friends to them to support them
in their time of sorrow.
Akemi also has helped their message of non-violence in the essential way through song.
Akemi's style reminds us of the songs during the difficult time of the civil rights struggle in this
country in the 1960's helping to heal this country.
Songs were central to the movement that made us a better country.
Songs like "We Shall Overcome".
We were very happy that she could perform for Americans in Washington in 1993.
Ten years ago there were small gatherings protesting the easy availability of guns in this country.
Then the groups got larger with the Silent March that the Hattoris attended.
Then in Colorado in 1999, the first time the protest march passed 10,000 people.
And finally at the Million Mom March, where Mieko was one of the speakers there were 750,000people.
We are not alone in trying to change the attitudes and laws on firearms.
President Bush is a setback on our fight but remember he lost the popular election. It is onlytemporary.
We send our warmest possible wishes to Akemi on the wonderful occasion. May she continue to warm the hearts of so many people and inspire them to protest against violence with her wonderful voice and lyrical songs.
Webb, Elizabeth, Holley and Richard Haymaker
心をこめて。まのあけみさんの30周年記念リサイタルおめでとうございます。
10年前の剛丈(YOSHI)の射殺事件以来、
私達の気持ちは服部家の方を向いています。
不幸な時の服部さんを支える、まのあけみさんや親しい人々の存在に、私達は慰められています。
まのさんは、歌を通して服部さんの「銃暴力反対」のメッセージを人々につたえました。
まのさんのやり方は米国の1960年代、市民権運動闘争時代を思い出させます。
歌は、より良い国を私達に作らせた運動の中心でした。"We Shall Overcome". などの歌のように。
1993年まのさんがワシントンで歌うことが出来たのは私達にとって嬉しいことでした。
10年前には米国には簡単な銃の使用に反対する小さなグループがありました。
次第にそれらのグループは服部さんが出席したサイレントマーチと共に大きくなっていきました。
1999年のコロラド州では10000人の人々が抗議の行進をしました。
美恵子がスピーカーの一人だったミリオンマムマーチでは75万人が集まりました。
銃器に関する意見や法律を変えるにあたって、私達は一人きりではありません。
ブッシュ大統領は我々とは逆行する存在です。でも覚えていてください。彼は大統領にはなりましたが、得票数では負けました。逆行は一時のことなのです。
まのあけみさんにこの素晴らしい機会に心からのお願いを致します。多くの人々の心を温め暴力に反対するよう激励しつづけていかれますように。リリカルな(叙情的)歌と素晴らしい歌声で。
ホストフアミリ−   ウエブ、エリザベス、ホリー、ヘイメーカー (ルイジアナ)
ホストファザー ルイジアナ州立大学 物理学教授   リチャード ヘイメーカー



○ 当我聴到真野明美女士的歌声,
我便知道?是一位很講就人性的音楽作者,
還是一位充満人情味的歌者。
那種対生命的真摯不僅感動着我們的耳朶
更在叩撃着我們的心霊。

初めて、まのあけみの歌を聴いた時、すでにもう、人間性を重んじるだけでなく人情味に満ちた歌手であることを、私は感じ取っていました。命に対する彼女の真摯さは、私たちの耳に心地よく響いただけでなく同時に私たちの魂を感動で打ち震えさせました。
中国中央テレビ局「実話実説」)ディレクター   海 嘯 (北京)

○歌生活30周年記念リサイタルおめでとうございます。まのさんとの一番の思い出は、1999年初夏、多摩川の遊歩道を散歩したことです。(残念ながら、二人だけではありませんでしたが)いろいろ話をしましたね。あれから、石蔵でのコンサートや「子どもの心の叫びを聞く西多摩の集い」で、お世話になりました。
私は、まのさんの子どもたちに向かう姿勢が好きです。それは、子どもたちの可能性(力)を信じて、暖かく接し、子どもたちからの学びを力にしているからです。また、平和への願いを込めた曲づくりや地道な活動に丁寧につきあう姿勢も大好きです。30年は節目の一つ、これからの活動に乾杯!
子ども劇場西多摩 事務局長   川崎 由保 (東京)



○”海をこえて銃をこえて”−常に変わらぬ魂の歌を−
 まのあけみさん 演奏活動30周年の壮挙 おめでとうございます。私の学校のお母さん達が、まのさんをお招きして、 心優しい歌唱を披露して頂いたのは、20世紀の最後の年と、21世紀の最初の年でした。あの日の魂を揺さぶる様な感動は、今なお忘れる事ができません。
 私はユネスコの提唱する世界保全の仕事の、ほんの一部をお手伝いしていますが、まのさんの仕事も、世界遺産を護ろうとする人々の精神に相通ずるものがあります。人が自然を慈しみ、自然が人を育む、この様な人と自然との共生が実ってこそ、貴重な文化財や自然財が護られていきます。
 人を護る為に、自然を護る為に、銃や開発の斧はいりません。”海をこえて銃をこえて”まのさんと共に口ずさむコンサ−トが、今は亡き服部君の教訓を、世界中に広めていく機会であることを、心より期待致します。
工学院大学理事・同付属中学校・高等学校長   城戸 一夫 (東京)



○まのさん、30周年おめでとうございます。私がまのさんに初めてお会いしたのはちょうど6年前、私も初任地名古屋でのくらしにようやく慣れようという頃でした。まの家のひと夏を追ったドキュメンタリー「センチメンタルママ」は私にとって、今でも忘れられない番組です。もちろん番組は、賛同、批判、様々な反響がありました。しかし、まのさんの歌は、自分の挫折や心の痛み、そして喜びから生まれる、「生きている歌」だと私は思います。「生きているからこそ、悩んで当たり前」まのさんの歌に支えられてきた多くの人のためこれからも、素敵な歌をたくさん作って下さい。応援してます。
NHKディレクター   北原 英里子 (東京)



○わが子を失う悲しみの大きさは、私たち記者がどれほど聞き、感じて、記事に書こうと、伝えきれるものではないと、何度も思い知らされてきました。そんな悲しみの中から生まれた服部美恵子さんと仲間たちの銃規制への願いは、「あなたは一粒の麦」と亡き剛丈君へ寄せた想いの通り、海も時間もこえ、今も広がっています。そして行動の輪を後押ししたのが、まのあけみさんの持つ歌声の力強さです。人生と家族と、命を歌い続けてきたまのさんが美恵子さんの詩に出会った偶然は、まのさんや美恵子さんにとってだけでなく、私たち社会にとっての幸運だったと、『海をこえて銃をこえて』を聞くたびに感じます。この曲がもっともっと多くの人の耳に届くよう、まのさん、もっともっとがんばって!
共同通信記者   粟倉 義勝 (神戸)